小林幸子さん
オーラの泉(2007/08/04放送)に、歌手・女優の
小林幸子さんが出演。
○小林幸子さんのプロフィール
小林幸子(こばやし さちこ)
生年月日:1953年12月5日
出身地:新潟県新潟市中央区
血液型:A型
○スピリチュアル・チェック
・小さい頃はどんな子供
→世話好き
・性格を一言で言うと
→臆病で怖がり
・毎日欠かさずにすること
→天国に行った両親にお参り
・仕事で一番辛かったこと
→デビューして15年間、ヒット曲に巡り会えなかった
・一つだけ願いが叶うとしたら
→来世、違う国で違う国の歌を歌っている歌い手になりたい
○歌手
願いが叶うとしたら、生まれ変わっても違う国で歌手になりたい。
→今年でデビュー44年目だが、もっと歌わなきゃ、時間が無い、と
焦っていた、と小林さん。
前世でも歌っていた、と江原さん。
→今回は前世の続き、と美輪さん。
小林さんは、歌だったら何でも歌える人。
→演歌以外もコブシを入れないで歌える。
前世はヨーロッパの人、と江原さん。
→紅白歌合戦の演出では、パリのレビューのスタイル。
→演歌でも見せることが条件でないとこれからは成立しない、
と小林さん。
→紅白の衣装で賛否両論はあったが、自分に素直に聞くと
やりたい、という結論になった。
○歌手デビュー
歌手になったきっかけは、古賀政男さん(昭和を代表する作曲家)
が審査委員長をしていた素人ものまねの番組。
→実家は精肉店であり継ぐつもりだったが、小学校4年のときに
父親に東京見物に連れて行かれた。
→父は内緒でその歌番組に応募していた。
→父は東海林太郎さん(戦前を代表する歌手)に憧れていて、
歌手になりたかったが、諦めていた。
10歳でレコードデビューが決まり、四谷三丁目で一人暮らしを
始めた。
→父は大賛成、母は猛反対。
→親族会議を開いてもどうにもならない状態になり、最終的には
小林さん本人にやりたいか、やりたくないかを聞かれた。
→自分は歌手になりたい、と言い、言った以上は「帰りたい」
「寂しい」とは言えなかった。
10歳で「ウソツキ鴎(かもめ)」でデビューし、20万枚のヒット。
→「第2の美空ひばり」と呼ばれたが、次の曲からは
スケジュールが真っ白になってしまった。
→美空ひばりさんの母親が、レコード会社の社長に「第2の
美空ひばりが出て来たらしいじゃない、第1のひばりは
いらないってことね」と、冗談で言ったため。
→急に仕事が無くなった。
歌手の仕事は無くなったが、子役として映画に出演できる
チャンスが与えられた。
→それ以降、美空ひばりさんは可愛がってくれた。
○新潟地震
昭和39年、新潟地震が発生し、実家は商売を続けられなくなった。
→一家は東京に出てきて一緒に暮らしたが、生活費を生み出す
手段が無かった。
ある人から夜のステージなどで歌うと、その日に給料がもらえる
仕事を紹介してもらった。
→実際は15歳だったが、18歳とごまかして歌い続けていた。
→自分はそうでもなかったが、両親は辛かったと思う。
○歌の神様
15歳の頃は女性っぽい歌を歌いたかったが、どんなに化粧をしても
15歳は15歳だった。
→20歳になり、やっと歌える、と思ったらアグネス・チャンなどの
アイドルの時代になってしまった。
→全て時代と逆行していたため、歌の神様に捨てられた、と
思っていた。
歌を歌うことは大好きだった。
→民謡、ジャズ、シャンソンなど、そのお店に合う歌を練習して
歌っていた。
仕事で一番辛かったことは、15年間ヒット曲に巡り会えなかった
こと。
→15年目で「おもいで酒」がヒットした。
○前世
見える前世は全部歌っている人生、と江原さん。
→一番手前の前世は、フランスの歌手。
もっと古い前世は、カストラート。
→ベルカント唱法(イタリアで18世紀に成立した歌唱法)では、
コブシを回すため、小林さんはコブシがすぐに出来た。
前世では、親元を離れて寄宿舎で生活していた。
→小林さんは、苦労に耐える力を持っている。
○歌
小林さんはどこか少年っぽさがある、と江原さん。
→魂の気質は、男の子みたいな人。
→真っ直ぐで無邪気。
物欲が無い、と小林さん。
→普通の女性が欲しがるような物は欲しくない。
→欲しい物は、仕事に関わる物ばかり。
仕事にお金はかけるが、自分でお店を経営するのは嫌。
→苦労ばかりが多いから、と思ってしまう。
→前世でフランスの歌手のときは、経営に失敗しているため。
→余計な事は気にせず、歌だけを歌っていたい、という
気持ちが強い。
○土地の神様
非常に土地の神様に愛される人、と江原さん。
→住む場所、行く場所それぞれでお参りをしているため、
土地に守られている。
→事務所を移転する度に大きな仕事が入る、と小林さん。
→土地の自然霊や氏神様に可愛がられている。
地鎮祭はお祓いだけでなく、共存共栄をお願いするもの。
→お米は撒くのではなく、差し上げるもの。
○実務とアーティスト
今までは前菜、これからはメインディシュ、と美輪さん。
→自分でアイデアを出したり、新しい自分のスタイルの
日本の歌を開発して歌うこと。
→これからは、どのジャンルにも属さない歌の時代に
突入する。
両親は背負い過ぎてはいけない、とおっしゃっている、と
江原さん。
→もっと自分が生きやすいようにすること。
→みんなのことを考え過ぎていたら、歌への力が分散して
しまい、歯がゆくなって、苦しんでしまう。
演歌のお客様を大事にする責任感を持ち過ぎている、と美輪さん。
→演歌は生活のためにやり、他のところで新しいジャンルを
開発すれば、解放されて楽になり、新しいファンも広がる。
→実務とアーティストのバランスが重要。
○数珠
毎日欠かさずにすることは、天国に行った両親にお参り。
→今朝、いつものようにお線香をあげて、数珠を持った瞬間に
割れてしまった。
→縁起は悪くない、と江原さん。
→解き放たれているということ、と美輪さん。
→様々な煩悩から解き放たれなさい、という意味。
小林幸子さんが出演。
○小林幸子さんのプロフィール
小林幸子(こばやし さちこ)
生年月日:1953年12月5日
出身地:新潟県新潟市中央区
血液型:A型
○スピリチュアル・チェック
・小さい頃はどんな子供
→世話好き
・性格を一言で言うと
→臆病で怖がり
・毎日欠かさずにすること
→天国に行った両親にお参り
・仕事で一番辛かったこと
→デビューして15年間、ヒット曲に巡り会えなかった
・一つだけ願いが叶うとしたら
→来世、違う国で違う国の歌を歌っている歌い手になりたい
○歌手
願いが叶うとしたら、生まれ変わっても違う国で歌手になりたい。
→今年でデビュー44年目だが、もっと歌わなきゃ、時間が無い、と
焦っていた、と小林さん。
前世でも歌っていた、と江原さん。
→今回は前世の続き、と美輪さん。
小林さんは、歌だったら何でも歌える人。
→演歌以外もコブシを入れないで歌える。
前世はヨーロッパの人、と江原さん。
→紅白歌合戦の演出では、パリのレビューのスタイル。
→演歌でも見せることが条件でないとこれからは成立しない、
と小林さん。
→紅白の衣装で賛否両論はあったが、自分に素直に聞くと
やりたい、という結論になった。
○歌手デビュー
歌手になったきっかけは、古賀政男さん(昭和を代表する作曲家)
が審査委員長をしていた素人ものまねの番組。
→実家は精肉店であり継ぐつもりだったが、小学校4年のときに
父親に東京見物に連れて行かれた。
→父は内緒でその歌番組に応募していた。
→父は東海林太郎さん(戦前を代表する歌手)に憧れていて、
歌手になりたかったが、諦めていた。
10歳でレコードデビューが決まり、四谷三丁目で一人暮らしを
始めた。
→父は大賛成、母は猛反対。
→親族会議を開いてもどうにもならない状態になり、最終的には
小林さん本人にやりたいか、やりたくないかを聞かれた。
→自分は歌手になりたい、と言い、言った以上は「帰りたい」
「寂しい」とは言えなかった。
10歳で「ウソツキ鴎(かもめ)」でデビューし、20万枚のヒット。
→「第2の美空ひばり」と呼ばれたが、次の曲からは
スケジュールが真っ白になってしまった。
→美空ひばりさんの母親が、レコード会社の社長に「第2の
美空ひばりが出て来たらしいじゃない、第1のひばりは
いらないってことね」と、冗談で言ったため。
→急に仕事が無くなった。
歌手の仕事は無くなったが、子役として映画に出演できる
チャンスが与えられた。
→それ以降、美空ひばりさんは可愛がってくれた。
○新潟地震
昭和39年、新潟地震が発生し、実家は商売を続けられなくなった。
→一家は東京に出てきて一緒に暮らしたが、生活費を生み出す
手段が無かった。
ある人から夜のステージなどで歌うと、その日に給料がもらえる
仕事を紹介してもらった。
→実際は15歳だったが、18歳とごまかして歌い続けていた。
→自分はそうでもなかったが、両親は辛かったと思う。
○歌の神様
15歳の頃は女性っぽい歌を歌いたかったが、どんなに化粧をしても
15歳は15歳だった。
→20歳になり、やっと歌える、と思ったらアグネス・チャンなどの
アイドルの時代になってしまった。
→全て時代と逆行していたため、歌の神様に捨てられた、と
思っていた。
歌を歌うことは大好きだった。
→民謡、ジャズ、シャンソンなど、そのお店に合う歌を練習して
歌っていた。
仕事で一番辛かったことは、15年間ヒット曲に巡り会えなかった
こと。
→15年目で「おもいで酒」がヒットした。
○前世
見える前世は全部歌っている人生、と江原さん。
→一番手前の前世は、フランスの歌手。
もっと古い前世は、カストラート。
→ベルカント唱法(イタリアで18世紀に成立した歌唱法)では、
コブシを回すため、小林さんはコブシがすぐに出来た。
前世では、親元を離れて寄宿舎で生活していた。
→小林さんは、苦労に耐える力を持っている。
○歌
小林さんはどこか少年っぽさがある、と江原さん。
→魂の気質は、男の子みたいな人。
→真っ直ぐで無邪気。
物欲が無い、と小林さん。
→普通の女性が欲しがるような物は欲しくない。
→欲しい物は、仕事に関わる物ばかり。
仕事にお金はかけるが、自分でお店を経営するのは嫌。
→苦労ばかりが多いから、と思ってしまう。
→前世でフランスの歌手のときは、経営に失敗しているため。
→余計な事は気にせず、歌だけを歌っていたい、という
気持ちが強い。
○土地の神様
非常に土地の神様に愛される人、と江原さん。
→住む場所、行く場所それぞれでお参りをしているため、
土地に守られている。
→事務所を移転する度に大きな仕事が入る、と小林さん。
→土地の自然霊や氏神様に可愛がられている。
地鎮祭はお祓いだけでなく、共存共栄をお願いするもの。
→お米は撒くのではなく、差し上げるもの。
○実務とアーティスト
今までは前菜、これからはメインディシュ、と美輪さん。
→自分でアイデアを出したり、新しい自分のスタイルの
日本の歌を開発して歌うこと。
→これからは、どのジャンルにも属さない歌の時代に
突入する。
両親は背負い過ぎてはいけない、とおっしゃっている、と
江原さん。
→もっと自分が生きやすいようにすること。
→みんなのことを考え過ぎていたら、歌への力が分散して
しまい、歯がゆくなって、苦しんでしまう。
演歌のお客様を大事にする責任感を持ち過ぎている、と美輪さん。
→演歌は生活のためにやり、他のところで新しいジャンルを
開発すれば、解放されて楽になり、新しいファンも広がる。
→実務とアーティストのバランスが重要。
○数珠
毎日欠かさずにすることは、天国に行った両親にお参り。
→今朝、いつものようにお線香をあげて、数珠を持った瞬間に
割れてしまった。
→縁起は悪くない、と江原さん。
→解き放たれているということ、と美輪さん。
→様々な煩悩から解き放たれなさい、という意味。