白鵬さん
オーラの泉(2009/06/27放送)に、第69代横綱の白鵬さんが出演。
○白鵬さんのプロフィール
白鵬翔(はくほう しょう)
本名:ムンフバト・ダヴァジャルガル
生年月日:1985年3月11日
出身地:モンゴル国ウランバートル市
血液型:A型
2000年、来日し、宮城野部屋に入門。
2001年、3月場所で初土俵。
2004年、十両に昇進。
2004年、新入幕。
2005年、関脇に昇進。
2006年、大関に昇進。
2007年、日本人女性と結婚。
2007年、横綱に昇進。
○スピリチュアル・チェック
・性格を一言で言うと
→山みたい
・小さい頃なりたかった職業
→お医者さん
・好きな歌手
→夏川りみさん、コブクロさん
・好きな言葉
→相撲
・宝物
→両親
・マイブーム
→ゴルフ
・怖いもの
→家族に何かあったら怖い
・将来の目標
→相撲道に恩返しがしたい
○夏場所を振り返って
自分の戦いは毎日ビデオでチェックしている。
→勉強のため。
大関・横綱になるまでは、「勝とう」という気持ちでやっていた。
→今は横綱なので、「どっからでも来い」という気持ち。
○家族
父親は、モンゴル相撲の横綱だった。
→全国大会で6回優勝。
→レスリングでは、オリンピックに出場し、モンゴル人初の
メダリストになっている。
母親は、元外科医。
白鵬さんは、5人兄弟の末っ子で甘えん坊だった。
→15歳まで、両親と一緒に寝ていた。
→兄弟が多くて、ベッドが無かったため。
根底に強い精神に裏打ちされた優しさがある、と美輪さん。
→横綱相撲は、優しさが強さに化けたもの。
→原点は両親。
○大相撲との出会い
日本の相撲を知ったのは、5〜6歳の頃。
→家に大相撲の雑誌があった。
→興味を持ったのは、18歳頃。
→テレビの衛星放送で見た。
→若乃花、貴乃花に憧れていた。
子供の頃は、モンゴルでバスケットボールが流行っていたので、
バスケットをやっていた。
→全国大会で3位になり、銅メダルを獲得した。
→バスケのプロになりたいという夢があった。
モンゴル相撲も大好きだった。
→父親からは、あまり早くからやらない方がいい、と言われた。
→遊び程度でやっていた。
日本には「やってもいいかなぁ」という軽い気持ちで来た。
→7人のモンゴル人の若者が3ヶ月間、日本で相撲を習う研修で来日。
→他のメンバーは他の部屋からスカウトされたが、白鵬さんには
全く声が掛からなかった。
モンゴルへ帰る前日、親方は東京にいたので、電話一本で入門が
決まった。
→親方が大阪に来て僕を見ていたら、入門は決まっていなかったと
思う、と白鵬さん。
→当時はまだ小さくて細かったため。
モンゴルに帰ると思っていたので、両親にお土産を買って、荷物も
準備していた。
→数時間で運命が変わってしまった。
○相撲の稽古
最初はあまり稽古をさせてもらえなかった。
→痩せてしまうので、とにかく食べた。
→体作りのために毎日、牛乳を3リットル飲んだ。
今は別人の顔みたい、と美輪さん。
→少年の頃の顔は、双葉山に似ている、と美輪さん。
→たまに言われる、うれしい、と白鵬さん。
双葉山は「相撲の神様」と呼ばれた大横綱。
→穏やかで威張らなくて、横綱の風格のある方、と美輪さん。
相撲を辞めたいと思うこともあった。
→父親の存在が大きかった、と白鵬さん。
→モンゴルに帰ったら、父親が恥をかくため。
→自分の辛さよりも、父親の立場を優先的に考えたのは立派、
と美輪さん。
父親はあまり物を言わない性格だった。
→母親からは、その国の水を飲めば、その国のルールを守りなさい、
と言われていた。
→日本の「郷に入れば郷に従え」と美輪さん。
○結婚
奥さんとの出会いは、18歳の頃。
→十両昇進し、色々なパーティーに行き、そこで出会った。
→日本人女性との結婚では、悩みは無かった。
→熱烈恋愛で、思い込むとまっしぐら、と江原さん。
→迷いはなかったはず。
両親とモンゴルの国民は、考える部分があったと思う、と白鵬さん。
→直接は無いが、噂では聞いた。
→国民的英雄の遺伝子を故郷に残したいと考える人もいた。
子供は2人いる。
→2歳の女の子と、0歳の男の子。
→将来的には、息子も力士にしたい。
環境は大事、と江原さん。
→横綱の遺伝子を受け継いでいても、モンゴルの大草原という
環境に足腰を鍛えられた。
→同じDNAでも、育つ環境や努力で変わる。
→日本の環境で育って、横綱になることは難しい。
白鵬さんは人一倍稽古が好き、と江原さん。
→稽古の時は稽古まっしぐら、恋愛の時は恋愛まっしぐら。
→集中力。
将来の夢は、相撲界に恩返しをすること。
→息子を横綱にしたい。
→弟子も横綱にしたい。
○前世
前世は、日本の関取。
→自分はモンゴル人という誇りもあるが、どこかで自分は日本人、
と思う部分もあるはず。
→日本人以上に日本人なところがある。
本気で相撲界に恩返しをするなら、一つだけ注意、と江原さん。
→お金に無頓着。
→この世界は入るのも出るのも多い、と白鵬さん。
→親方になって部屋を運営するなら、経済観念も必要。
→奥さんは経済観念がある人、と江原さん。
素晴らしいと思うのは、絶対に表にあらわさないこと、と江原さん。
→苦労を表に出さない人。
→本当は横綱になってから、厳しい日々のはず。
スランプも感じたりしているが、絶対に表に出さない。
→今はスランプを抜けている、と江原さん。
→双葉山や大鵬のビデオをよく見て勉強しているため。
努力と運があれば横綱になれるが、維持するのが大変、と美輪さん。
→強ければ良い訳ではなく、精神的に立派で自分に恥をかかせない
ように維持するのが大変。
相撲には儀式のような様式美がある、と美輪さん。
→スポーツと様式美のドッキング。
→華やかで美しくて、厳粛で真面目。
前世では、江戸時代の力士で横綱までいった人、と江原さん。
→白鵬さんは、それでもなお、相撲を取りたい。
→極めても極め足りない。
→日本人力士以上の力士。
モンゴルに生まれたのは自分の意思。
→前世の魂が、どこに生まれたら一番自分が理想的になれるかを
計算した。
→日本には、あまり大自然が無いため。
→生まれて来た目的は、再び相撲を取ること。
最初から犬が付いて来る、と江原さん。
→犬は好き、と白鵬さん。
→動物は大好きで、子供の頃から一緒に遊んでいた。
山に登るのも大好き、と江原さん。
→景色を見ると、気持ちがすっきりする。
→山の上で深呼吸をしている。
→ストレス発散、気持ちの切り替えになる。
○オーラの色
オーラの色は、金。
→金のオーラは、英知・最も崇高な色。
→哲学することが好き。
→常に考えて相撲を取っている。
→単に稽古するのではなく、スポーツ理論をこしらえて、
本番に活かしている。
横綱相撲というものは、どんなものだ、というのを掴んだところが
あるはず、と美輪さん。
→ある、と白鵬さん。
→それを掴んだら、それに従って横綱らしく善後策を講じて
やっていけば良い。
→結論は出ている。
○白鵬さんのプロフィール
白鵬翔(はくほう しょう)
本名:ムンフバト・ダヴァジャルガル
生年月日:1985年3月11日
出身地:モンゴル国ウランバートル市
血液型:A型
2000年、来日し、宮城野部屋に入門。
2001年、3月場所で初土俵。
2004年、十両に昇進。
2004年、新入幕。
2005年、関脇に昇進。
2006年、大関に昇進。
2007年、日本人女性と結婚。
2007年、横綱に昇進。
○スピリチュアル・チェック
・性格を一言で言うと
→山みたい
・小さい頃なりたかった職業
→お医者さん
・好きな歌手
→夏川りみさん、コブクロさん
・好きな言葉
→相撲
・宝物
→両親
・マイブーム
→ゴルフ
・怖いもの
→家族に何かあったら怖い
・将来の目標
→相撲道に恩返しがしたい
○夏場所を振り返って
自分の戦いは毎日ビデオでチェックしている。
→勉強のため。
大関・横綱になるまでは、「勝とう」という気持ちでやっていた。
→今は横綱なので、「どっからでも来い」という気持ち。
○家族
父親は、モンゴル相撲の横綱だった。
→全国大会で6回優勝。
→レスリングでは、オリンピックに出場し、モンゴル人初の
メダリストになっている。
母親は、元外科医。
白鵬さんは、5人兄弟の末っ子で甘えん坊だった。
→15歳まで、両親と一緒に寝ていた。
→兄弟が多くて、ベッドが無かったため。
根底に強い精神に裏打ちされた優しさがある、と美輪さん。
→横綱相撲は、優しさが強さに化けたもの。
→原点は両親。
○大相撲との出会い
日本の相撲を知ったのは、5〜6歳の頃。
→家に大相撲の雑誌があった。
→興味を持ったのは、18歳頃。
→テレビの衛星放送で見た。
→若乃花、貴乃花に憧れていた。
子供の頃は、モンゴルでバスケットボールが流行っていたので、
バスケットをやっていた。
→全国大会で3位になり、銅メダルを獲得した。
→バスケのプロになりたいという夢があった。
モンゴル相撲も大好きだった。
→父親からは、あまり早くからやらない方がいい、と言われた。
→遊び程度でやっていた。
日本には「やってもいいかなぁ」という軽い気持ちで来た。
→7人のモンゴル人の若者が3ヶ月間、日本で相撲を習う研修で来日。
→他のメンバーは他の部屋からスカウトされたが、白鵬さんには
全く声が掛からなかった。
モンゴルへ帰る前日、親方は東京にいたので、電話一本で入門が
決まった。
→親方が大阪に来て僕を見ていたら、入門は決まっていなかったと
思う、と白鵬さん。
→当時はまだ小さくて細かったため。
モンゴルに帰ると思っていたので、両親にお土産を買って、荷物も
準備していた。
→数時間で運命が変わってしまった。
○相撲の稽古
最初はあまり稽古をさせてもらえなかった。
→痩せてしまうので、とにかく食べた。
→体作りのために毎日、牛乳を3リットル飲んだ。
今は別人の顔みたい、と美輪さん。
→少年の頃の顔は、双葉山に似ている、と美輪さん。
→たまに言われる、うれしい、と白鵬さん。
双葉山は「相撲の神様」と呼ばれた大横綱。
→穏やかで威張らなくて、横綱の風格のある方、と美輪さん。
相撲を辞めたいと思うこともあった。
→父親の存在が大きかった、と白鵬さん。
→モンゴルに帰ったら、父親が恥をかくため。
→自分の辛さよりも、父親の立場を優先的に考えたのは立派、
と美輪さん。
父親はあまり物を言わない性格だった。
→母親からは、その国の水を飲めば、その国のルールを守りなさい、
と言われていた。
→日本の「郷に入れば郷に従え」と美輪さん。
○結婚
奥さんとの出会いは、18歳の頃。
→十両昇進し、色々なパーティーに行き、そこで出会った。
→日本人女性との結婚では、悩みは無かった。
→熱烈恋愛で、思い込むとまっしぐら、と江原さん。
→迷いはなかったはず。
両親とモンゴルの国民は、考える部分があったと思う、と白鵬さん。
→直接は無いが、噂では聞いた。
→国民的英雄の遺伝子を故郷に残したいと考える人もいた。
子供は2人いる。
→2歳の女の子と、0歳の男の子。
→将来的には、息子も力士にしたい。
環境は大事、と江原さん。
→横綱の遺伝子を受け継いでいても、モンゴルの大草原という
環境に足腰を鍛えられた。
→同じDNAでも、育つ環境や努力で変わる。
→日本の環境で育って、横綱になることは難しい。
白鵬さんは人一倍稽古が好き、と江原さん。
→稽古の時は稽古まっしぐら、恋愛の時は恋愛まっしぐら。
→集中力。
将来の夢は、相撲界に恩返しをすること。
→息子を横綱にしたい。
→弟子も横綱にしたい。
○前世
前世は、日本の関取。
→自分はモンゴル人という誇りもあるが、どこかで自分は日本人、
と思う部分もあるはず。
→日本人以上に日本人なところがある。
本気で相撲界に恩返しをするなら、一つだけ注意、と江原さん。
→お金に無頓着。
→この世界は入るのも出るのも多い、と白鵬さん。
→親方になって部屋を運営するなら、経済観念も必要。
→奥さんは経済観念がある人、と江原さん。
素晴らしいと思うのは、絶対に表にあらわさないこと、と江原さん。
→苦労を表に出さない人。
→本当は横綱になってから、厳しい日々のはず。
スランプも感じたりしているが、絶対に表に出さない。
→今はスランプを抜けている、と江原さん。
→双葉山や大鵬のビデオをよく見て勉強しているため。
努力と運があれば横綱になれるが、維持するのが大変、と美輪さん。
→強ければ良い訳ではなく、精神的に立派で自分に恥をかかせない
ように維持するのが大変。
相撲には儀式のような様式美がある、と美輪さん。
→スポーツと様式美のドッキング。
→華やかで美しくて、厳粛で真面目。
前世では、江戸時代の力士で横綱までいった人、と江原さん。
→白鵬さんは、それでもなお、相撲を取りたい。
→極めても極め足りない。
→日本人力士以上の力士。
モンゴルに生まれたのは自分の意思。
→前世の魂が、どこに生まれたら一番自分が理想的になれるかを
計算した。
→日本には、あまり大自然が無いため。
→生まれて来た目的は、再び相撲を取ること。
最初から犬が付いて来る、と江原さん。
→犬は好き、と白鵬さん。
→動物は大好きで、子供の頃から一緒に遊んでいた。
山に登るのも大好き、と江原さん。
→景色を見ると、気持ちがすっきりする。
→山の上で深呼吸をしている。
→ストレス発散、気持ちの切り替えになる。
○オーラの色
オーラの色は、金。
→金のオーラは、英知・最も崇高な色。
→哲学することが好き。
→常に考えて相撲を取っている。
→単に稽古するのではなく、スポーツ理論をこしらえて、
本番に活かしている。
横綱相撲というものは、どんなものだ、というのを掴んだところが
あるはず、と美輪さん。
→ある、と白鵬さん。
→それを掴んだら、それに従って横綱らしく善後策を講じて
やっていけば良い。
→結論は出ている。